私たち夫婦は、そばが大好き。最近「滋賀県に平安時代から続くそばがある」と聞き、食べてみたい、と盛り上がっています。ぜひ年越しそばに!と思うのですが、どこに行けば食べられるのでしょうか?探偵さん、調べてください。
12月に入り、世間はすっかり年末モードですね。今回は、年越しにぴったりの、そばについて調査依頼を受けました。依頼者の話では、平安時代から受け継がれているそばがあるとのことです。もしかしたら、清少納言や紫式部も食べたことがあるかも!?いったいどんな味がするのでしょうか。探偵たちもぜひ食べてみたいです!さっそく調査をはじめましょう。
「滋賀県のそば」について調べるうち、江戸時代にまとめられた「本朝文選(ほんちょうもんぜん)」という書物の中に「伊吹蕎麦 天下にかくれなければ 辛味大根 又此山を極上とさだむ」とつづられているのを見つけました。「天下にかくれなければ」とは、世の中に知れわたっているという意味で、松尾芭蕉の弟子・森川許六(もりかわきょりく)がつづったそうです。この伊吹蕎麦の「伊吹」という場所が、滋賀県米原市にあるとか。これは歴史あるそばの重大な手がかりになりそうです!「極上」とまで表現されているそばに出合うべく、早速米原市に向かいます。
米原市にある「伊吹在来そばの会」事務所に到着。お話を聞かせてくれたのは、同会会長の膽吹(いぶき)さんです。「伊吹在来そばの会とは、伊吹在来そばを扱う、そば店の店主7人が集まった団体のことなんですよ」と教えてくれました。
平安時代から続くそばがあると聞いて駆けつけました!ここでつくっているのでしょうか?「はい。ここ米原市が1000年もの歴史を誇る伊吹在来そばの生産地です」と膽吹さん。あの一文は、やはり平安時代から続くそばのことだったんですね。詳しいお話を聞かせてください!
「伊吹在来そばは平安時代から続くそばといわれていますが、実は、その歴史は途絶えかけたことがあるんですよ」と膽吹さん。え?平安時代からずっと地元で愛され続けてきたそばではないのですか?驚く探偵たちに、膽吹さんは歴史について教えてくれました。
「約1000年前、伊吹山には太平護国寺というお寺があり、僧侶や修験者が食料を確保するために、そばの栽培をしていたといわれています。伊吹山の山中は稲作に向いた地形ではなかったのですが、排水性の良さや涼しい気候、昼夜の寒暖差など、そばを栽培するには最適な条件がそろっていました。いつしか伊吹山は、上質なそばの産地として名をはせるようになりました」。
森川許六が「伊吹蕎麦 天下にかくれなければ」と書いたように、江戸時代以降も多くの人に愛された伊吹在来そば。しかし、1964年(昭和39年)に伊吹山がセメント鉱山として開発されたのをきっかけに、伊吹在来そばの栽培は縮小していきます。伊吹山に住むことができなくなった多くの村人は稲作中心の土地へと移住することとなり、そばの栽培は諦めざるを得ませんでした。そばを育てていた農家が減ったことで、伊吹在来そばは地元でも知る人の少ない、幻のそばになってしまったのです。
伊吹在来そばは、その後どうなったのでしょうか?「それが、おひとりだけ伊吹在来そばの栽培を続けていた農家さんがいたんですよ。伊吹在来そばの歴史が途絶えかけた集団移住から約30年間、伊吹の隣にある大久保という土地で、たったおひとりで栽培を続けていたんです。それを知った滋賀県の職員が、伊吹在来そばを復活させたいと、その農家さんに種を譲ってもらえないかとお願いに行きました。農家さんも自分の代で終わらせないようにと、滋賀県に託すことを了承してくれたんです」。
「伊吹在来そばの歴史を終わらせてはいけない!」と、滋賀県と地元の農家さんで協力しながら、伊吹在来そばの生産を再び拡大することとなりました。
今、伊吹在来そばがあるのは、種を絶やさなかった農家さんたちの熱意のおかげなんですね!皆さんで復活させた伊吹在来そば、どんな味がするのでしょうか。おすすめのお店はありますか?「それでは、そば愛好家たちが集まる名店へお連れしましょう」と、車で5分ほどのそば屋「蕎麦の里 伊吹」に連れて行ってくれました。
お店に入って頼んだのは「伊吹おろし」。「本朝文選」にも出てきた「辛味大根」が添えられたそばです。お出汁のいい香りとともに、早速運ばれてきました!
さっそく伊吹在来そばをいただく探偵たち。口にした瞬間、そばの風味を強く感じてとってもおいしい!ピリッと辛い伊吹大根がアクセントになっていて、あとから来るそばの甘みを引き立ててくれます。噛めば噛むほどそばの風味が強くなり、そばのコシの強さを味わえました。この噛み応えは癖になりそうです!
ところで、そばというと薄墨色をイメージするのですが、このそばは緑がかっていますよね?「そうなんです。伊吹在来そばの実はとても小さいんです。実が小さい分、緑色をした外側の皮が多く入るため、粉や麺にしたときに淡い緑色になりやすいんです」。なるほど、そばの皮の色が出やすいのですね。「また、実が小さいほどそばの味が強くなるので、風味が引き立つんですよ」と膽吹さん。
だからこんなに風味豊かで味わい深いんですね。地元の皆さんも伊吹在来そばの復活を喜んでおられるのでは?という探偵たちの言葉に、膽吹さんは首を横にふります。「実は、まだ完全に『復活』とはいえないんですよ……」。
そばの栽培は天候の影響を受けやすく、また伊吹在来そばの場合は栽培できる場所も限られているため、まだ十分な生産量を確保できていないそうです。膽吹さんは「新しいそば店から要望があるものの、なかなか提供できずにいます。生産量のさらなる拡大が課題です」と話します。
膽吹さんはこう続けます。「たとえ生産量が今より増えたとしても、伊吹在来そばが滋賀県の特産品に返り咲いたとはいえないんです。『特産品』というのは、地元で日常的に食べられてこそのものですから」。
そば好きやそば店のあいだでは注目されているものの、地元の方々に日常的に食べられているわけではなく知名度はまだ低いようです。「伊吹在来そばの会」では、月に1度集まり、伊吹在来そば認定マークを作成したり、ホームページを作成したりと、伊吹在来そばの普及に努めています。
「ここ数年で、伊吹在来そばを食べられるお店が増えてきています。仲間が増えた今なら、もっと多くの人に伊吹在来そばを知ってもらえるチャンスがあると思います。地元の方をはじめ多くの人々に来てもらって、伊吹在来そばを食べてもらいたいです」。
膽吹さんは「平安時代から1000年続く伊吹在来そばを令和で途絶えさせないように、これからもがんばっていきます。地元の人たちが誇りを持てるブランドに育てていきたいですね!」と熱い想いを語ってくれました。1000年の歴史を持つ伊吹在来そばを、一年を締めくくる縁起物としてぜひ召し上がってください!