ジューススタンドがはじめて駅ナカに設置されたのは、大阪梅田駅だと聞きました。今も人気のようですが、どんなジューススタンドなのでしょうか。
ふらっと気軽に立ち寄れて、フレッシュなジュースが楽しめるジューススタンド。今や全国各地の駅ナカで見かけるこのスタイルを日本で初めて導入したのが、阪神電鉄の大阪梅田駅(旧梅田駅)にある「梅田ミックスジュース」なのだそうです。昨年で50周年を迎えたという情報をキャッチした探偵たちは、長年愛されてきたジューススタンドを調査するため、現場へ向かいました。
お話を聞かせてくれたのは、元店長の谷さんです。谷さんは3代目の店長を務めた勤続44年のベテランさん。実はこの梅田ミックスジュースでは、現在店長はおらず、定年退職した元店長が「次期店長」を育成中なのだそうです。
まずは谷さんに、梅田ミックスジュースの歴史についてうかがいました。梅田ミックスジュースを運営する株式会社サカイは、もともとジュースの自動販売機を設置したり、阪神電鉄の売店に牛乳を納品したりする会社でした。1960年頃、取引先であった阪神電鉄から「駅を改装するので、何かお店を出しませんか?」とオファーをいただいたことがきっかけで、阪神梅田駅や地下街に、立ち食いそば屋、カレーショップ、カフェなど、さまざまな軽飲食店を次々とオープンさせました。そのうちのひとつが、阪神梅田駅の東口改札前につくられたジューススタンド。大阪万博開催の前年にあたる1969年に誕生したこのお店は、日本初となる駅ナカのジューススタンドとして、当時はかなり注目を集めたそうです。
開店当初は、忙しすぎてお金とジュースのやり取りだけで精一杯。お客さんに「いらっしゃいませ」を言う余裕もないほどだったそうです。谷さんはその当時を振り返り、こう話します。「店員がギリギリ2人立てるほどの狭い店舗に、毎日3千人を超えるお客さんが押し寄せるように来ていました。昔の電車には空調設備がなく、人が多くて暑いので、電車から降りたら何か飲みたくなったんでしょうね」
ちなみに、開店当初から今も変わらず多いのが、野球好きのお客さん。阪神沿線には阪神甲子園球場があり、球場に向かう阪神タイガースや高校野球のファンがよく立ち寄ってくれるのです。谷さんによると、「ホームラン級においしいジュースを飲んで必勝祈願や!」と父親と一緒にミックスジュースを飲んでいたお子さんが大人になり、今では自分のお子さんを連れて来店するのだとか。「創業以来変わらないミックスジュースの味が、世代を越えて『大阪の野球ファン思い出の味』になっていると思うと嬉しいですね」と谷さんはにっこり笑います。
しかし、そんな幅広い世代に愛されている梅田ミックスジュースの売上は、景気の悪化やライバル店の登場などの影響をうけて徐々に減少傾向にありました。加えて、出店していた阪神梅田駅では大規模改修工事の実施が決定。同時に駅に出店する店舗がすべて見直しされることになり、営業を続けられるか分からなくなりました。その状況をネットの記事で知った常連さんの中には、「梅田ミックスジュースがなくなってしまうのではないか」と心配してスタッフにたずねる方もいたそうです。しかし、そんな状況下でもお客さんとともに育んできた長年の伝統を守るため、「このままでは終われない!」とお店のみんなは一念発起。創業当時から守ってきた味には自信があったため、レシピを変えることはせずにミックスジュースをよりおいしく味わってもらうためのアイデアを出し合いました。
話し合いの末、たどりついた答えは、「できたて」をいち早く口に運んでもらうために、カップへ注ぐジュースの量にこだわることでした。従来は、カップへ注ぐ量にばらつきがありましたが、必ず縁ギリギリまで注ぐように徹底したのです。「そうすると、カップを受け取ったお客さんは、『こぼさないように!』と急いで口まで運んでくれるんです。そうやって1秒でも早く味わっていただくことで、おいしさがびっくりするくらい違ってくるんですよ」と谷さんは説明してくれましたが……。そこまで変わるの?と半信半疑の探偵たちに、「飲んでみるとわかりますよ。では1杯どうぞ」となみなみと注がれたミックスジュースが差し出されました。
こぼさないよう急いでカップに口を近づけます。すっきりとした甘さとシャリッと絶妙な氷の食感がおいしい!半分まで飲んだところで一息ついていると、谷さんは「ぜひ、そのままグイッと」とにっこり。「うちのミックスジュースでいちばんこだわっているのが、氷のクラッシュ加減なんです。1秒でも早く飲んでいただくことで、細かく砕いた氷の舌ざわりや瞬間的な冷たさがよく感じられるんですよ。すぐに飲まないともったいないです」と谷さんはおいしさの秘密を教えてくれました。そして「この180mlというカップのサイズは、もう1杯飲みたいなと思っていただける絶妙な大きさなんですよね。その場でおかわりを注文される方も多いんです」とも。まさにそう感じていた探偵たちは、大きくうなずきました。
できたてのジュースをいち早く口に運んでもらう作戦に手応えを感じた谷さんたちは、続いて接客の改善に乗り出しました。昔は駅で飲めるおいしい飲みものが少なかったこともあり、お客さんがどんどん来てくれていましたが、今の時代、そうはいきません。笑顔で「いらっしゃいませ」はもちろん、「いってらっしゃい」「お気をつけて」など、これまではあまりできていなかったお客さんへのお声がけやコミュニケーションを増やすことを徹底しました。その結果、通勤前や、昼食後の一杯に毎日お店に通ってくれる人も増え、ここ数年で徐々に売上も回復。閉店の危機を無事乗り越えることができたのです。
そんな閉店の危機を乗り越えてきた梅田ミックスジュースのスタッフの皆さんには今、新たな夢があるようです。「ミックスジュースは大阪の文化です。これから国内外から大阪を訪れるたくさんの人々に『思い出の味』として親しんでいただけるよう、店舗を増やしたいと考えているんです」と谷さん。サカイはその第一歩として、2019年の夏、阪急大阪梅田駅構内に初の姉妹店となるジューススタンド「果汁屋 Product by Sakai 阪急梅田店」をオープン。おなじみのミックスジュースに加え、ブルーベリーミックスなどのスペシャルメニューも提供しています。
今回取材した「梅田ミックスジュース」は、日本初の駅ナカジューススタンドとして、1969年の創業以来、たくさんのお客さまに新鮮でおいしいジュースを提供してきました。伝統の味を守り続けるだけでなく、みんなにおいしくジュースを飲んでもらうためにさまざまな創意工夫や新たな取り組みにチャレンジするサカイの皆さんに触れた探偵たちは、梅田ミックスジュースが半世紀にもわたり愛され続けてきた秘密が少し分かったような気がしました。ぜひ、皆さんも阪神大阪梅田駅界隈にお立ち寄りの際は、梅田ジューススタンドでできたてのジュースをグイっと飲んで、ホームラン級のおいしさを味わってみてくださいね。