ひな人形のお殿さまとお姫さまには、京都とそれ以外の地域で違いがあると聞いたのですが、何が違うのでしょうか?探偵さん、調べてきてください。
桃の花が咲き始める頃、3月3日は「ひな祭り」ですね。この時期、女の子がいるご家庭ではひな人形を飾り、女の子の健やかな成長や幸せを願います。そのひな人形の原点は、平安時代に始まった「流しびな」という名の行事。草や紙で作った「ひとがた」で子どもの体を撫でてけがれを移し、それを川に流して厄を払いました。そこから徐々に人形へとその形を変えて江戸時代中期に今のような形となったようです。
現在広く知られているひな人形は関東雛(かんとうびな)と呼ばれ、向かって左側にお殿さまが座ります。ところが京都で作られる京雛の並べ方は、向かって右がお殿さま。なぜこのような違いが生まれたのでしょうか?その理由を知るために、探偵たちは明治38年からひな人形作りに携わる京都の「安藤人形店」を訪れました。
お店の中に入ると、広いお座敷にたくさんのひな人形が飾られています。お殿さまとお姫さまのペアだけを飾る親王飾り(しんのうかざり)のほか、三段飾りに五段飾り、部屋の一番奥には立派な七段飾りがどっしりと構えています。よく見ると、どのひな人形も向かって右側にお殿さまが座っています。これが京雛の並べ方なんですね!
「ゆっくりご覧くださいね」とやさしく声をかけてくれたのは、三代目の安藤桂甫(けいほ)さんです。50年以上にわたり美しいひな人形を生み出してきました。
まずは、安藤さんにひな人形がどうやって作られているのかを教えていただきました。ひな人形は複数の職人によって製作されるそうです。人形の顔部分を作る頭師(かしらし)、扇などの小物を作る小道具師、手足を作る手足師、人形の髪を作り整える髪付師、衣装の布を作る織物師といった職人が、長年培ってきた熟練の技で人形の部品を作ります。そして、それらは着付師のもとに集められ、人形の形に組み立てられるのです。
安藤さん率いる安藤人形店の着付師たちは、衣装の組み合わせ、袖や裾の流れ具合、手の上げ方、顔の微妙な向きなどを整えながらひな人形を仕上げています。安藤さんは「職人たちみんなの思いをつなげて、何よりお客さまに喜んでいただけるように、人形一体一体に思いを込めて作るんです」と教えてくれました。
ところで、なぜ地域によってお殿さまとお姫さまの並べ方が違うのでしょうか。安藤さんは「飛鳥時代から、日本には位の高い人が向かって右側に座るというしきたりがあり、昔はひな人形も全て右側にお殿さまが座っていたんですよ」と教えてくれました。しかし、明治の頃から位の高い人が左に座るという西洋の文化が日本に伝わり、その影響を受けて徐々にひな人形も左側にお殿さまが座るようになったそうです。「ところが京都だけは職人が頑固だったんでしょうね。昔ながらの並べ方を守り続けているんです」と安藤さんは笑います。
「とはいえどちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではありません」と、安藤さんは教えてくれました。「住んでいる地域やご家庭の習慣に合わせて飾ると良いと思います。私たちも実は、京都以外の方が多く訪れる展示会の時には、関東雛の並べ方で飾ることもあるんですよ」。
ちなみに、人形の顔の好みも京都とそれ以外の地域では違いがあるそうです。京都ではやや面長で、半眼で遠くを見渡して世の安寧を願っている表情が好まれます。それ以外の地域では、最近は目が大きい現代風のお顔が人気のようです。探偵たちもひな人形を見比べてみると、確かに顔の形や目の形などが違うということが見て取れます。安藤さんは、「どの地域の人形も子どもたちを見守るような優しい表情をしているのは同じですね」と話します。
ひな人形を見ていた探偵たちの目に飛び込んできたのは、真っ赤な衣装を身にまとった人形。不思議に思いじっと見つめていると、「それは大人のためのひな人形です」と安藤さん。えっ?ひな人形って子どものためのものなのでは……?
「このひな人形が誕生したのは、私が奥さんにプレゼントしようと思って作ったのがきっかけなんです」と、安藤さんは大人のひな人形が生まれた当時の様子を語り始めました。
奥さまのご両親は早くに他界されたのですが、奥さま自身も年を重ねるにつれて、少しずつ自分の健康に対しての不安を感じるようになっていたそうです。「妻をなんとか励ましたいと思い、還暦の赤いちゃんちゃんこをイメージした赤い着物を身に着けたひな人形を作ったんです。当初、商品化は一切考えていませんでしたが、思いのほか周囲にも好評だったため、商品として販売することにしました」。現在は60歳の還暦の赤に加えて、66歳の緑寿は緑、77歳の喜寿は黄など、長寿の節目を祝う色に合わせたひな人形を展開しています。
また、安藤さんは、健康長寿を祈る重陽(ちょうよう)の節句(9月9日)の時期に楽しいひとときを過ごす「おとなのひなまつり」というイベントを開催しています。イベント当日は、会場にひな人形が飾られ、伝統工芸のプロによるトークショーなども行われるそうです。「大人のためのひな人形は、ご家族の方からお母さんへのプレゼントにおすすめです。元気に長生きしてくれることを祈って、1年中お守りとして飾ってほしいですね」と安藤さんは話してくれました。
最後に安藤さんはこう語ります。「50年間ひな人形を作り続けていますが、実はまだ100%満足できる人形は作れていないんです。もっともっと良いものを作りたいという気持ちは、人形作りを始めてからずっと変わりません。お客さまの『今でも大事にしています』という言葉を励みに、これからももっと良い人形を生み出したいです」。そんな言葉の中に、安藤さんのひな人形作りへの真摯な思いを感じることができました。
京雛と関東雛。並べ方は違いますが、その人形に込められた、わが子の健やかな成長や幸せを願う親の気持ちは一緒です。最近ひな人形を飾っていない方も、お子さまの幸せを願いながら、ひな飾りの準備をしてみてはいかがでしょうか。