有馬温泉の「金泉」が
買える文房具店とは!?
2023/03/06

会社で同僚と「有馬温泉に行きたいね~」と話していたら、先輩が「有馬の金泉……、売っているところがあるよ」と謎めいたセリフをささやいて去っていきました。有馬温泉の金泉を売っている?いったいどこで買えるのでしょうか?探偵さん、調査してください!
有馬温泉は、赤茶色の金泉と無色透明の銀泉、2種類のお湯が楽しめる関西の奥座敷です。今回は、「金泉が売っている?」という、温泉好きな探偵たちも気になる依頼が来ました。
金泉を瓶や缶に詰めて売っているのでしょうか?それとも金泉の色や香りが楽しめる入浴剤?調べてみると、「神戸の老舗文房具店にヒントがある」との情報を入手しました。文房具店に温泉とは!?探偵たちはさっそく神戸へ向かいました。

到着したのは、神戸ハーバーランド内にある、1890年代に建設されたという神戸煉瓦倉庫。レトロな雰囲気の建物に足を一歩踏み入れると、おしゃれなインテリアのお店やカフェが並んでいますが、この中に金泉が……?

まっすぐ進んでいくと、「NAGASAWA神戸煉瓦倉庫店」と書かれた、文房具店を見つけました!
お店にはこまかな装飾が施された万年筆や英語が綴られたノートなど、神戸らしいハイセンスな文房具がいっぱい。しかし、温泉はどこにも見あたりません。いったいどこに「金泉」があるのでしょうか……。

さっそくお店の方に尋ねてみます。こちらに有馬温泉の金泉があると聞いて来たのですが?「はい、ありますよ。とってもいい色をしていますので、ぜひ書いてみてくださいね」。答えてくれたのは株式会社ナガサワ文具センター、商品開発室・室長の竹内さんです。はい、書いてみます!って、ん?書くって何を?

「金泉が置いてあるのは、あちらです」と、竹内さんが案内してくれた先には、小さな瓶が100個ほど並んでいます。

竹内さんがたくさんある瓶の中から、「これが金泉ですよ」とひとつ手渡してくれました。瓶をよく見ると、ラベルには「有馬アンバー」の文字が。
「いい色でしょう。これが有馬温泉の金泉をイメージして創ったインク『有馬アンバー』です。『Kobe INK物語』というインクシリーズのひとつなんですよ」。なんと!依頼者の先輩がおっしゃっていた「金泉」とは、万年筆のインクのことだったんですね!
さっそく有馬アンバーで書いてみると、万年筆から明るさのあるレンガ色が!赤ともオレンジとも違う、味わい深い色です。それにしてもなぜ、金泉の色をした万年筆のインクを創ったのでしょうか?竹内さんに、「有馬アンバー」をはじめとする「Kobe INK物語」のことを詳しく教えてもらいました。

神戸育ちの竹内さんは、文房具好きが高じて神戸の老舗文房具店・ナガサワ文具センターに入社しました。「神戸の街から神戸発の文房具を全国へ発信したい」という強い思いを持ち、商品開発に打ち込んでいたそうです。
そんな中、神戸の街を襲ったのが阪神・淡路大震災。未曾有の災害は、神戸の街にも三宮センター街の店にも大打撃を与えました。
「そこからはとにかく復興の10年間。商品開発どころではありませんでした。神戸の街に明かりが見え、日常を取り戻した2005年ごろにこれまで復興を支援してくれた方々にお礼の手紙を書きたいと思ったんです。思いを伝えるため、パソコンではなく手書きにこだわりたい。しかし、万年筆のインクは一般的な黒や青しかありませんでした。神戸から感謝を伝えるために、神戸らしい色を創れないだろうか、と考えはじめました」。

そこからは、「どうすれば神戸らしい色が出せるのか」と悩む日々。悩みに悩んで煮詰まり、気分転換をしようと本店ビルの屋上に上がったとき、視線の先にあったのが、緑の六甲山だったのだとか。「その瞬間、ピンと来たんです。六甲山は、緑あふれる癒しの象徴。そして、神戸の人たちにとっては故郷の山でもあります。1色目は六甲山の緑にしよう、と開発に向けて動き出しました」。

1年かけて試行錯誤を重ね、記念すべき1色目「六甲グリーン」を2007年に発売。できあがった色は陽を受けて輝く六甲山そのものの色でした。続いて、神戸の穏やかな海を色で表現した「波止場ブルー」、夕暮れから夜のとばりが下りるまでの、ほんの少しの時間だけ見られる旧居留地の壁の色「旧居留地セピア」を発売。3つを合わせて「神戸三原色」と名づけました。
神戸の名所を色で表現した「Kobe INK物語」の神戸三原色は、瞬く間に完売。一時は生産が追いつかないほどの人気商品になりました。「すでにパソコンやスマートフォンが台頭し、手書き文化が歓迎されない時代に入っていると感じていました。しかしそれは、思い込みに過ぎなかったのです。どんなに世の中が便利になっても、書くことがなくなるなんてないのだと胸が熱くなりました」。

人気にこたえるべく、毎年6色ずつ新色を発売。今までに発売された色は、定番で83色、期間限定や特別色を含めると全124色に及ぶそう。
竹内さんがこだわっているのは「色に妥協しない」ことです。「『Kobe INK物語』は、一色一色すべて神戸の情景をイメージして創っているので、現地には必ず取材に行き、地元の方の話をしっかり聞きます。その土地で過ごしている方に『この色、なんか違う』と思われてしまってはいけませんからね」。

金泉を再現した「有馬アンバー」の開発にあたっては、「有馬温泉に通いつめ、ふやけそうなほど長い時間、金泉につかっていました(笑)。通いはじめて4~5日たったころ、手ですくった金泉のお湯に陽の光があたって、指の間からこぼれるしずくがまるで琥珀のようにキラキラ輝いて見えたんです。なんてきれいな色だろう。この瞬間の、この色を絶対創ってみせるぞ!と決心しました」。竹内さんの熱意と神戸愛が、金泉の一瞬の美しさを「色」として引き出したんですね!
一番人気の「神戸ヒメアジサイ」は、納得できる色のアジサイに出合うまで、竹内さんは8年間も神戸市立森林植物園に通ったのだとか。
8年目で出合ったアジサイの色を再現したインクを見せてもらいました。ブルー、ピンク、紫の3色のバランスにこだわった色は、あでやかさと儚さが入り混じったような、雨粒に濡れるアジサイの花を思わせます。シリーズの中で人気ナンバー1なのも納得です!
竹内さんは、「同じ場所でも、季節や天気、時間によって、色も印象も異なります。それを1色で表現するのは並大抵のことではありません。地域の特色や美しさが伝わる色が出せるまで、一切妥協はしませんよ」と話します。

竹内さんの想いが伝わった、うれしいエピソードも聞かせてもらいました。「店での出合いを通じてKobe INK物語のファンになってくれたお子さんが、お父さんの転勤でドイツに引っ越したんです。先日、帰国時に真っ先にお店を訪ねてきてくれまして。『ドイツにも数多くのインクがあるけれど、手紙を書くときはKobe INK物語のインクしか使わない。思いが伝わる気がするから』といってくれたんです。ああ、私がインクの色に込めた『神戸らしい色で伝えたい』という思いが届いているんだ、と胸がジーンとしました。私たちは今後も神戸らしい色を創り続けていきます。多くの人たちの思いがインクに乗って伝わることを願っています」。

昨日も、3月に卒業するという高校生が店を訪れ、「お世話になった担任の先生にお礼の手紙を書きたい」といって、万年筆とインクを買いに来たそうです。皆さんも、好きな色のインクを選んで、大切な人にお手紙を書いてみてはいかがでしょう。

