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炎の探偵社

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生産量日本一の大阪で探る
「歯ブラシの歴史」

2019/05/07
依頼内容

日本の歯ブラシは大阪からはじまったらしいですが、歯ブラシっていつからあるのでしょうか?

皆さんは毎日、歯磨きをしていますか?歯磨きは私たちにとって大切な生活習慣ですよね。そんな歯磨きにとって欠かせないのが歯ブラシ。それにしても、歯ブラシっていつごろからあるのでしょうか?そもそも、昔の人って歯を磨いていたの?歯ブラシについてわからないことだらけの探偵たちが調べてみたところ、「全日本ブラシ工業協同組合」という名の団体が、ものづくりの街・東大阪市にあると判明。ここに行けば何かわかるかもしれないと思った探偵たちは、さっそく現地へと向かいました。

東大阪の工場地帯にあるよ
東大阪の工場地帯にあるよ

「全日本ブラシ工業協同組合」は、大正3年(1914年)にできた設立100年を超える団体。最近では毎月8日は歯ブラシの交換をする日として、歯と口の健康を維持する活動を行っています。案内してくれるのは、専務理事の斉藤さん。室内に入ると、実にいろいろな形状の歯ブラシが展示されていました。中には毛足の長いものから、ヘッドが大きくて口に入るのか心配になるものまで、磨きやすそうとはお世辞にも言えないものもあります。

オブジェのように昔の歯ブラシが並べられています!
オブジェのように昔の歯ブラシが並べられています!

「向かって左上にあるのは牛骨です。明治時代の歯ブラシは、牛の骨を使ってつくられていました」と斉藤さん。この牛骨に手作業で1本1本豚や馬の毛を植えていたそうです。探偵たちは、歯ブラシがどのように誕生して今のようなものへと変化したのか、その歴史をもっと詳しく聞いてみることにしました。

一番上が牛骨の柄で、これに動物の毛を植毛していました!
一番上が牛骨の柄で、これに動物の毛を植毛していました!

「最も古いものは、紀元前3000年ごろにメソポタミア文明のシュメール人の遺跡から発見された黄金の爪楊枝です。これが、口内の健康を保つために使われた最古の道具とみられています」。爪楊枝が金とはなんだか贅沢ですね。その後、1世紀ごろには、インドで竹の先を細かく削ってブラシ状にした「房楊枝」という道具が使われていたという記録があります。房楊枝は中国にも渡り、房楊枝が使われるとともに指の腹で歯をこする習慣ができたのだとか。

「毎月8日は歯ブラシを交換する日」と教えてくれた専務理事の斉藤さん
「毎月8日は歯ブラシを交換する日」と教えてくれた専務理事の斉藤さん

日本には6世紀ごろ、仏教伝来の前後に木の小枝で歯を磨く習慣が中国から伝わったようです。その後平安時代になると、上流階級の人や僧侶の間では朝の洗面時に爪楊枝を用いる習慣が広まりました。そして、江戸時代初期には、塩に数種類の薬草などを混ぜたものを口内の手入れに使うようになったそうです。今でいう歯磨き粉ですね。「江戸時代の浮世絵には、一方が房楊枝でもう一方の先が爪楊枝になった当時の歯ブラシで、歯の清掃をする様子が描かれていますよ」と斉藤さんは教えてくれました。

歌川国貞「当世三十弐相」房楊枝で歯を磨いたあと、柄の平たい部分で、舌の汚れを除去しているところ
歌川国貞「当世三十弐相」房楊枝で歯を磨いたあと、柄の平たい部分で、舌の汚れを除去しているところ

幕末には、獣骨に穴をあけた柄に動物の毛を植えた今の歯ブラシに近いものが、英国から伝わったようです。それを元に、明治に入ってから国内でも歯ブラシが製造・販売されるようになりました。

大阪で歯ブラシ製造業が始まったのは、明治8年(1875年)ごろに政府が軍隊用として歯ブラシの製造を大阪の商人に依頼したのがきっかけ。明治23年(1890年)の第3回内国勧業博覧会では、「歯刷子(ハブラシ)」という名称で出品され、一般家庭に普及しはじめました。

歯ブラシ文化の発展について詳しく教えてもらいました
歯ブラシ文化の発展について詳しく教えてもらいました

最初はすべて手作業だった歯ブラシの製造は次第に機械化が進み、昭和26年(1951年)ごろには、大量生産が可能な樹脂の柄とナイロン毛の歯ブラシが出回るようになりました。その後、樹脂やナイロン毛も改良され、時代とともにさまざまな形のヘッドを持つ歯ブラシや歯間ブラシなどが開発されていきます。そして、大阪府下の歯ブラシ製造業は更なる発展を遂げ、国内生産量のうち約5割を担う日本一の歯ブラシ生産地となったのです。

特に、八尾市には多くの歯ブラシ製造工場が集中しています。八尾市のある河内地方は、かつて河内木綿の生産で隆盛を極めていましたが、外国の安価な綿花が流入したことで衰退してしまいました。そこで、木綿の代わりとなる新しい副業を求めていた農家に歯ブラシ製造が広まったことで、八尾市は次第に歯ブラシ生産の街へと発展していったのです。

昭和41年(1966年)、機械で植毛をしている様子
昭和41年(1966年)、機械で植毛をしている様子

なんと、歯ブラシには、そのルーツも含めると紀元前にさかのぼるほどの壮大な歴史があったなんて……。歯磨きは、大昔から人々の知恵と工夫で受け継がれてきた生活習慣だったのですね。

最後に、斉藤さんからは、歯ブラシのプロとして読者の皆さんへのアドバイスをいただきました。「歯磨きは虫歯だけでなく、歯周病や口臭、さらには内蔵疾患などの予防にもつながります。しかし、歯ブラシは、長く使い過ぎると汚れを落とす効果が低下してしまいます。そのため、月に1回は新しいものに交換して、丁寧に歯磨きしていただけるといいですね」。確かに、毛先が広がった歯ブラシで歯を磨いても汚れが落ちにくいですし、新しい歯ブラシに替えたときって、なんだか気持ちいいですよね。これからは、歯ブラシの長い歴史に思いを馳せながら、もっと丁寧に歯磨きするぞ!と、心に誓った探偵たちでした。

食後の歯磨きは忘れずにね!
食後の歯磨きは忘れずにね!
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