湯ったり、アートな気分に浸れる
銭湯とは?
2018/09/03

京都の桂にアート感満載の銭湯があると聞きましたが、風呂とアートが全然結びつきません。気になるので調べてください。
「アート感満載の銭湯」というのは、富士山の絵が壁一面に描かれている「銭湯絵」があるお風呂屋さんのことかと思ったのですが、これならどこにでもあります。はたしてどんな場所なのか?まったく見当がつかない中、つかみどころのない情報を頼りに探偵たちが調べてみると、どうやらそこは阪急京都線桂駅にある「桂湯」ではないかと判明。
どんな場所かとワクワクして行くと……、あれ?遠目からだと、外観はいたって普通。京都の落ち着いた住宅街にひっそりたたずむ銭湯というイメージです。アートと言われてもピンと来ません。

近づいてみると、看板がカラフルなことに気づきます。ブロックをモザイクのように組み合わせて表現していて、なかなか今っぽさが漂うセンス。中に入ると、下駄箱には下駄をモチーフにしたユニークなアートが。


なるほど、細かいところにアートがちりばめられていますね。のれんをくぐって、脱衣所への扉を開けてみると……。


天井に「ゆ」の字をデザインしたスクエアパネルが、びっしりと貼りつけられていて、あっと驚く光景です。中には、どこかで見たことがあるような「ユニフロ」をはじめ、実にバラエティ豊かな作品が!思わず、美術館に足を運んだのかと勘違いしてしまうほどです。

「私は、これらの作品を『湯文字』って言うてるんです」と話しかけてくれたのは、桂湯の2代目・村谷さんです。約3年前、とあるお寺の「格天井(ごうてんじょう。寺社仏閣などで採用されている格子を組んだ天井)」に、地域の住民や美大の生徒に描いてもらった仏教画をはめ込んだという新聞記事を、村谷さんは目にしました。「そのとき、桂湯も同じ格天井や。ならば、ウチでも天井を絵で飾ってみたいと思ったんです。そこで、お風呂に入ったあとでどういう気持ちになったかを、ひらがなの『ゆ』一文字でお客さんに表現してもらうというアイデアを思い立ち、実行に移しました」と語ってくれました。

現在、天井に並ぶ80枚の湯文字のうち、15枚は村谷さん作。残りは桂湯を利用する地元のお子さんから80代のお年寄りまで、いろんな世代の方が「描きたい!」と自主的に応募したものです。女湯には女性が描いた作品、男湯には男性が描いた作品を展示。「天井の湯文字をきっかけに、お客さん同士の会話がはずんでいます」とうれしそうです。

湯文字を展示したい場合は、番台に申し込んで専用の紙をもらいます。そこに自分が描きたいものを描いて、できた作品を渡すと、専用パネルに貼りつけて天井に展示してくれます。作品展示は入浴料込みで500円ですが、入浴料は430円なので、実質70円で展示できます。70円で誰もが芸術作品を展示できるなんて、なかなかありません。

天井に目を奪われてずっと見上げていると、首が痛くなってきたので目線を下に移すと、脱衣場の壁面を埋め尽くすようにして、たくさんの時計が飾られていることに気づきました。この時計も、もしや銭湯に来たお客さんの作品?


「いえ、これは私の趣味なんです。約5年前から時計制作にハマり、どんどん増え続けて60個ほどになってしまいました」と村谷さん。基本的には身近にある材料を元に制作しています。最近では街を歩いていたら時計の材料に使えるものはないかと、自然と探してしまうとか。

湯文字や時計に共通するのは、クスリと笑えるユーモアセンスと万人受けするデザインセンス。村谷さんは、一体何者なのでしょう?

「20歳くらいのときに、印刷会社でのアルバイトやカメラマン助手、イラストレーターの手伝いをしていたのです。それからデザインやアート関係に興味を持つようになり、グラフィックデザイナーとしてやってきました」とのこと。

村谷さん自身は家業を継ぐことは考えていませんでしたが、約15年前に転機が訪れます。「親父が亡くなる前に『母さんが生きている間は、ここをやってくれないか。あとは売るなり壊すなり好きにしていいから』と言い遺しましてね。はじめはデザインの仕事もしながら、桂湯を手伝っていました」。以来、ご夫婦で切り盛りするようになって、徐々に銭湯とデザイン・アートという異業種が融合していったそうです。

桂湯では、ほかにもお客さんが楽しめるようさまざまなイベントを実施しています。たとえば、京都の銭湯にまつわるクイズを出す「京都のお風呂屋さん検定」、仮装して桂駅までパレードして最後にお風呂に入るハロウィンイベント、紙芝居やマジック、時計の工作教室など夏休みの子どもに向けた「わくわく桂湯」などを企画。さらに、先日は参加者が男湯と女湯にわかれ、仕切りの壁を隔てて互いの容姿を知らない状況で短歌を朗読。声だけを頼りに、ほぼ直感で恋の相手を決める婚活イベントなど。単なる銭湯ではなく、「人がつながる場所」になっています。



「年齢を重ねていくうちに、他人に対する興味がどんどんわいてきて、自分と違う人生を歩んできた人の話を聞くのがとても楽しくなってきたんですよ」と村谷さんは話します。「お客さんも桂湯を通して、世代や性別を超えてつながっていくことをおもしろいと思ってくれたらうれしいね」とも。今後も、天井の湯文字を寝転んで鑑賞するイベントや、壁などに貼り出して平面で見る展覧会をしてみたいと、アイデアが豊富にわいてきます。皆さんも、どんどん村谷さんのカラーに染まっていく桂湯に足を運んで、いいお湯とアートにどっぷりと浸かってあたたかな気持ちになってみてはいかが?

