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世界の省エネ

12月

排泄物を有効活用したバイオガスで
森林伐採を削減

  • ネパール

ネパールでは、薪の収集が森林伐採と健康被害につながっている

ネパールでは、薪の収集が森林伐採と健康被害につながっている

豊かな自然に囲まれる国ネパール Gavin Yeates

豊かな自然に囲まれる国ネパール Gavin Yeates(flickr)

気候変動の影響を受けやすい開発途上の国-ネパール

ネパールはヒマラヤ南麓に位置する東西に細長い国で、その面積は北海道の1.8倍ほどしかない小さな国です。国内には100を超える言語と約125の民族があり、カースト制度を含む多種多様な文化や習慣が共存する国家です。民族も多様ですが、自然も多様。小さな国土には山岳地帯から丘陵地帯、渓谷や湖、南部の平原とバラエティ豊かな地形が広がり、エベレストに代表される8,000メートル級の峰を数多く抱え、豊かな自然に恵まれています。一方で、その急峻な地形により夏のモンスーン期には、雨によって特に山間地で地滑りや河川浸食が発生し、交通が遮断されることも多々あります。温暖化の影響によってヒマラヤの氷河湖決壊の恐れも指摘されています。さらに、ヒマラヤ山脈を持ち上げる大断層の直上に位置するために地震のリスクが高いなど、ネパールは自然災害に対する脆弱性がきわめて高く、気候変動の影響を受けやすい国のひとつでもあるのです。

ネパールの経済は、民主化の始まった1990年以降、長引く政治的混乱と常態化する長時間の計画停電にもかかわらず、年平均4.4%*1と安定的に成長してきました。ネパール政府の生活水準調査(2010~11年度)によると、国民の貧困率は、1995~96年度の41.8%から2010~11年度の25.2%と改善傾向にありました。ただ、成長してきたといっても、インドやスリランカ、バングラデシュといった近隣諸国と比較すると大きく見劣りする成長率です。貧困率も地域ごとに大きな差が見られ、山岳部で貧困率が高く、丘陵地帯の都市部では低いという形で、地方と都市との経済格差は開く一方です。

そこへ2015年4月にネパール中西部で発生した大地震によって、甚大な被害を受けました。アメリカの情報調査会社HISによると、経済損失は50億ドルとしています。世界銀行からの発表では、経済成長率も4%の伸び率だったものが震災後は1.7%まで落ち込むと予想されています。厳しい自然環境と経済状況にあることから、ネパールは南アジアの中でも多くの貧困層を抱える所得水準が低い開発途上国のひとつとなっています。GDPの約3割を農業に依存し、各国の政府や国際機関より多額の開発援助を受けています。

エネルギー不足がもたらした深刻な森林伐採や健康被害

ヒマラヤからの豊富な水資源を有するネパールでは、電力の9割を水力発電に依存しています。その多くは流れ込み式の水力発電であり、降雨量によって発電能力が左右されるので、計画停電があるのは日常的です。乾期には最大18時間の計画停電があるほどで、電力不足が顕著になっています。

電力に限らず、ネパールではエネルギー不足を背景に、現在も国民の多くがエネルギー資源として薪を使っています。その割合は、実際に消費されたエネルギー量の7割以上にも達します(グラフ1)。しかも、この薪の採取や消費が、森林減少という深刻な環境問題も引き起こしています。薪の需要は、現状の森林面積を維持していくための限界伐採量をはるかに上回っていて、その結果森林面積が減少しています。この森林伐採は土砂崩れや洪水を引き起こす原因ともなっており、環境問題を深刻化させています。

薪の使用は、もうひとつ大きな問題を引き起こしています。家庭で料理に使用する薪の燃焼排ガスは、そのまま家の中に充満するため、喘息や気管支炎などの呼吸器系疾患を引き起こす原因となり、特に5歳以下の幼児の呼吸器疾患での死亡率が高く問題視されています。加えて、薪を集めるために遠くの山まで行かなければならず、その労働は女性にとって大きな負担となっています。

荒廃するネパールの森林(出典:名古屋大学農学国際教育協力研究センター)

荒廃するネパールの森林
(出典:名古屋大学農学国際教育協力研究センター)


グラフ1:ネパールの最終消費エネルギー(2011年度)(出典:Energy Data Sheet)

グラフ1:ネパールの最終消費エネルギー(2011年度)
(出典:Energy Data Sheet)

ネパールの森林保全における家畜糞尿を用いたバイオガス導入の効果に関する実証研究(出典:名古屋大学農学国際教育協力研究センター)

ネパールの森林保全における家畜糞尿を用いたバイオガス導入の効果に関する実証研究(出典:名古屋大学農学国際教育協力研究センター)


グラフ2 バイオガス装置を導入した世帯の薪の使用量の変化 出典*2

グラフ2 バイオガス装置を導入した世帯の薪の使用量の変化 出典*2

有機農業にも活用されるバイオガス装置

さまざまなエネルギー問題の解決を目指して、ネパールで導入が進んでいるのが、家畜の排泄物を用いた家庭用バイオガス装置です。バイオガス装置は、地下タンクに家畜などの排泄物を貯め、発酵させるタンクに流し入れます。発酵すると、メタンガスが発生します。このメタンガスを、調理用ガスやガス灯として利用します。しかも、ガスで使用した後の残りかすは畑の有機肥料として使える無駄のない循環型のシステムです。最初の発酵には多くの牛糞が必要ですが、家庭用サイズとして主流である6㎥タンクを使用する場合、1日に牛2頭分の排泄物と30リットルの水があればこと足ります。

名古屋大学の調査*2では、このバイオガス装置を導入した世帯では、薪の使用は従来の半分以下となる形で(グラフ2)、森林破壊の軽減が明らかになっています。同調査では、バイオガス装置を導入している世帯について、導入前後の生計状況を分析した結果、導入後には薪の使用量だけでなく、薪を回収する時間や調理時間も軽減したと確認されています。その分、主要収入源である農作業時間に多くの時間と労力を費やせるようになり、生産性が上がったのです。同時に、有機肥料が得られるので、化学肥料と農薬の使用量も明らかな減少がみられました。コストを考えても、家畜を飼っている場合はその排泄物がエネルギーと肥料にも使え、メンテナンスフリーで20年は使えるので、薪を買うより光熱費を減らせます。

1992年からはネパール政府とオランダ政府との共同支援によって、「バイオガスサポートプログラム」が実施されました。家庭で使われるバイオガス装置に対して、設置費用の75%の補助金を出すというプログラムによって、これまでに33万基以上の家庭用バイオガス装置が設置されました*3。97年からはドイツも支援に参加。ドイツは、5割以上のバイオガス装置を支援しています。

多くの危機に直面し、再び見直される自然エネルギー

1990年代以降、ネパールでは不足するエネルギーを補うために、バイオガス装置以外にもさまざまな試みを実施しています。そのひとつが薪の代替燃料となる「バイオブリケット」です。これは、藁や森林の下草、倒木などの「バイオマス」に消石灰を加えて高圧で成形した燃料のことで、日本では「豆炭」とも呼ばれます。近年、多くの現地NGOがバイオブリケットの普及活動を行い、暖房と料理用の燃料として、少しずつ普及し始めています。出荷されたブリケットは大手スーパー店頭に並び、専用ストーブまで販売されるようになっていますが、残念ながら購入層は富裕層か環境意識の高い層に限られていて、今後広まっていくことを期待したいところです。

最近では自然エネルギーによる発電も模索されています。ネパールで主力の水力発電も含めた、再生可能な自然エネルギーが最終消費エネルギーに占める割合は、1.22%しかありません(グラフ1)。しかし、同国は標高が高く、年に約300日の日照があり日射量が豊富で、太陽光発電に適しているといえます。自然エネルギーによる発電が増えることで、55%しかない電化率の向上を期待して、世界銀行は2011年に家庭用太陽光発電約50万セットを設置しました。2014年12月には、出力25MWのメガソーラー建設のための融資を決定するなど、少しずつですが自然エネルギー導入への試みが増えていたところでした*3

これらの試みも、2015年4月の大地震によって大きな打撃を受けました。この地震で倒壊した家屋は約90万戸もあり、バイオガス装置や水力発電の設備なども大きな被害を受けました。

また、震災前のネパールではエネルギー不足を補うために、ガソリンや天然ガスなどのほぼ全量をインドからの輸入に依存していました。震災でエネルギー供給が大きな打撃を受けたところに、政治的な問題もさらなる追い打ちをかけました。震災後に制定されたネパール憲法に対して、一部の少数民族が反発したことが発端となって、インドによる経済封鎖が行われたのです。そのため、ガソリンや天然ガスなどの燃料不足は、さらに深刻化しました。今年2月に経済封鎖は解除されたものの、国民の生活への影響は大きく、いまだ震災前の状態には戻っていません。このことをきっかけに、同国では中国からもエネルギー源を輸入する交渉を行っていますが、現在も燃料不足は解消されておらず、自家用向けの燃料販売が制限されるほどです。震災直後から各国のNGOなどが中心になり、少しずつ復興作業を進めていますが、なかなか進まず、被災地において水やエネルギー、住まいといったインフラが整備されるにはまだまだ時間がかかりそうです。

厳しい状況が続く中、最近では、地震によって首都カトマンズに避難してきていた被災者たちが、故郷の村に戻りつつあります。ガソリンも物資も不足、高騰している都市部にいるよりは、作物をつくれて、排泄物からエネルギーがつくれる農山村での生活のほうがいいと考える人も少なくありません。このことから、他国のエネルギーに頼るのではなく、バイオマスや太陽光、水力など、自国が持つ資源を最大限にエネルギーとして活用することは、同国にとって重要な視点になりつつあります。

排泄物を使ったバイオガス装置は、化石燃料を使わずガスが得られ、森林破壊や健康被害を減らす方法として、家畜と共に暮らすネパールの農山村の暮らしに合った方法のひとつです。電力不足の解消も大事ですが、エネルギーを多量に消費しない循環型の暮らしを基礎とした、ネパールならではの新しいエネルギー体系が求められています。

*1 世界銀行WDI 2011年
*2 2013年名古屋大学他「ネパールにおける家庭用バイオガスシステム導入による生計活動への影響」調査
*3 REN21 自然エネルギー世界白書2016

バイオガス装置は国産のエネルギーであり、循環型の暮らしの助けとなる(出典:はなのいえ)

バイオガス装置は国産のエネルギーであり、循環型の暮らしの助けとなる
(出典:はなのいえ)

Text by Yayoi Minowa