和歌山のラーメン屋さんには早すしというお寿司が置いてあるようです。早いすしってどういう意味ですか?
調べてみると、「早すし」は和歌山ラーメンの店には欠かせないお寿司のようです。全国のご当地ラーメンの中でも「和歌山ラーメン」は有名ですが、ラーメンとお寿司をセットで食べるなんて話も、よそではあまり聞いたことがありません。そこで、探偵たちは和歌山ラーメンの有名店である「井出商店」へと向かい、その目で確かめるところから始めました。
トンコツしょうゆの香りが漂うこぢんまりとしたお店には、お客さんが入れ替わり立ち替わりでやってきます。探偵たちも名物の中華そばを注文してテーブルにつき、ふと横を見ると……、「早すし」と書かれたお寿司の山を発見!周囲を見渡すと、ラーメンが来るのを待ちながら勝手に取って食べている方が何人もいます。えっ、お店の人に言わずに、勝手に食べちゃっていいの!?
店主の井出さんに聞くと、お客さんが会計時に食べた早すしの個数を自己申告するのだそう。ビックリ。早すしはサバなどの魚をしめた押し寿司のことで、食べてみるとこってりとした和歌山ラーメンによく合います。一口サイズだからお腹がいっぱいになることもなく、主役のラーメンを引き立ててくれます。
ところで、早すしとは何が早いのでしょうか。その理由を調べるため、探偵たちは明治35年創業の「弥助寿司」を訪ねることにしました。
「早すしとは、1日酢で締めただけのお寿司のことです」と教えてくれたのは、4代目店主の岩崎さんです。詳しく話を聞くと、和歌山県には発酵熟成期間が1ヶ月以上かかる郷土料理のなれすし※というお寿司があるそうです。「なれすしは完成までに長い時間がかかるので、『遅すし』と呼ばれています。早すしはなれすしと比べて早くできるから、早すしなんですよ」とその理由を教えてくれました。
※「なれ」は「熟れ=熟成」を意味していて、酢を使わずに空気中にある乳酸菌で発酵させて熟成させるおすしのこと。
岩崎さんの話を聞いているうちに、なれすしってスゴそうだな、もっと知りたい!と思いはじめた探偵たちは、厨房でつくりかたを教えてもらいました。まずは1ヶ月以上塩漬けにしたサバをほどよく塩抜きし、ぎゅうっと押し固めて空気を抜いた塩飯の上にそのサバを置き、アセ(暖地の海岸近くに生育するイネ科の多年草)の葉でぐるぐる巻きにします。アセで巻かれたものは大きな桶に詰め込まれて、重石がのせられます。調味料として使うのは塩のみで、時間をかけて発酵させることで、酸味と独特のうまみが出てきます。樽で発酵・熟成させる期間は、1ヶ月ほど。サバを塩漬けにしてから食べられるまでに約2ヶ月!お寿司ができるまで、こんなに手間暇かかるなんて驚きです!
なれすしの起源は、さかのぼること約800年以上前のこと。平家の武将・平維盛(たいらのこれもり)が源氏の追討から逃げる際に、非常食として持っていた飯と塩サバが偶然包みの中で発酵し、それがおいしかったことから、なれすしの起源となったという伝説があります。滋賀県の名物・鮒寿司も魚を発酵させた保存食として有名ですが、和歌山県のなれすしも同様に古くから受け継がれてきました。
「和歌山のなれすしは、新米の収穫を祝う秋祭りで村ごとに古米を使ってつくるハレの日の料理でもありました」と岩崎さんは語ります。そんな郷土の味も最近では減りつつあり、なれすしを販売する店舗も減少。現在和歌山市エリアでなれすしを販売しているのは、弥助寿司のみになってしまいました。岩崎さんは、「最近ではつくる人が少なくなり、食べたことがない人も増えてきましたね。郷土の食文化がなくなっていくのは寂しいです。小さいころから食べ親しんでこそ、大人になってからそのおいしさがあらためてわかる料理だと思うのですが」と残念そうに話してくれました。
ここで、完成したなれすしを食べさせてもらいました。食べる前から、においのきついチーズや納豆のような強い発酵臭独特の香りが、鼻腔をツーンと刺激します。「今は寒い時期だからまだましな方。暖かい時期はもっと香りが濃いんですよ」とのこと。
恐る恐る口にすると……。あれれ?どんな味か不安でしたが、想像以上においしい!サバはこっくりと濃厚で、とろりとした食感もあって、まるでブルーチーズのような風味がします!
「そうなんです。特にヨーロッパから訪れるお客さんはチーズのにおいになれているからか、抵抗がないみたいで、パクパクおいしそうに食べています」と岩崎さんは語ります。むしろなれすしをはじめて食べるという日本人のほうが、苦手意識を持つ人が多いようです。コツは、躊躇せずに最初から思いきりガブリとやること。すると、鼻がにおいに慣れてくるのだとか。お皿の横には、厚くスライスされた生のしょうがもあります。途中でこれをかじると、ジュワーとたっぷりの水分と辛味が広がり、口の中がさっぱりします。
岩崎さんは、なれすしづくりの苦労をこう語ってくれました。「55年間手がけてきて、最も難しいと感じているのが水分の調節です。身体でその日の気温や湿度に合わせて、お米を炊く際の最適な水分量を習得していきます。慣れないうちは水が足りていなくて、開けてみたらご飯がカッチカチ。桶丸ごとパーにしてしまったこともありました」。つくりかたは簡単そうに見えたのに、そんなに大変だったなんて。でも、大変だからこそ、あんなにおいしいのだとも気づきました。食わず嫌いはもったいない!和歌山県にきたら早すしだけでなく、一度食べるとその独特の香りと味がクセになるなれすしを一度お試しあれ。
- 弥助寿司
- 井出商店