奈良出身の友だちとお雑煮の話をしたとき、「うちではお雑煮の餅に、きなこをつける」と言っていました。そんなお雑煮は聞いたことがないのですが、本当にあるのでしょうか。
お正月のお楽しみのひとつといえば「お雑煮」。今年のお正月に家族と食べたという方も多いのではないでしょうか。お雑煮というと、一般的には白みそ仕立てに丸餅入りが関西風で、しょうゆ仕立てのすまし汁に角餅入りが関東風と知られています。でも、実は関東/関西に限らず、「ところ変わればお雑煮も変わる」と言えるほど、地域や家庭によってつくり方はさまざまです。
たとえば大阪では、元日は写真にもあるような白みそ仕立てのお雑煮で、2日目は薄口しょうゆのすまし仕立てにするのが伝統的。「えっ、でも、なんで味を変えるの?」というと、これは“飽きない(商い)”ように、という意味があるから。また、名古屋のお雑煮は餅菜(小松菜の一種で在来種)に、焼かずに煮るだけの角餅を入れたすまし仕立てですが、これは“名(菜)を上げる”ための餅菜に、“城(白餅)が焼けるのを避ける”ために煮るだけの角餅、“みそをつけない”ためにすまし汁でいただくという意味があるとか。名古屋城のお膝元だけに、武士好みなお雑煮になるんですね。
おせち料理も、カズノコが「子宝に恵まれるように」、煮豆が「まめに働けるように」など、さまざまな縁起にちなんだダジャレのフルコースですが、お雑煮も同様。まさに新年を迎えるのにふさわしい料理だといえます。
東北と香川のお雑煮を比べても、もはや同じ料理なのかと思うほど違います。中でも、「えっ、そんなお雑煮があるの!?」と衝撃的なのが、今回依頼で寄せられた奈良の「お雑煮のお餅にきなこをつける」というもの。不思議すぎる!と興味をそそられた探偵たちは、奈良県で「きなこ雑煮」を食べさせてもらえる場所を探しました。
見つけたのが、世界遺産春日山のふもとにある旅籠長谷川さん。宮本武蔵をはじめ、多くの剣豪たちが訪れた柳生の里へと続く旧柳生街道の入口にあり、昔は柳生街道を行く旅人たちの胃袋を満たす料理屋を営んでいた、歴史のある民宿です。季節に合わせた日本の伝統料理が食べられることから、外国人のお客さんも多く、申し込みがあれば、出汁のとり方など和食の基本をレクチャーすることもあるそうです。
また、旅籠長谷川さんでは、毎年12月から3月まで、宿泊のお客さんにお出しする朝食の一品として「きなこ雑煮」が登場します。宿泊しなくても、予約さえすれば単品でも注文OK!創業当時からの冬期限定メニューですが、好評につき、最近は期間を延長してお出ししているとのこと。
長谷川さん曰く、奈良時代から食べられ始めたとされる「きなこ雑煮」。中に入っているのは、夫婦円満を願う「丸餅」、家庭円満になるようにと輪切りにしただけの「細い大根」と「金時にんじん」、人の頭に立つようにと「かしら芋(里芋の親芋)」、白壁の蔵が建つようにと四角く切った「豆腐」。それらを煮たあとで「白みそ」を溶き、「青大豆のきなこ」につけて食べるといいます。
やはりこちらでも、縁起を担いだ食材がいっぱい!県外出身者にとっては珍しく感じる「きなこ」も、「栄養豊富な大豆は長寿と延命につながる」という考えから使われているのではないかとのことです。「しかも、2度おいしいんですよ」と長谷川の女将さん。1粒で2度おいしいキャラメルは、確かアーモンドとキャラメルの味で2度おいしいということだったはず。では、お雑煮は?
食べてみたくてウズウズしてきた探偵の気持ちを察してか、さっそくお手製の「きなこ雑煮」を用意してくれました。
お味は……想像通り、いや想像以上のものでした!甘みとコクがある白みそのお雑煮はそれだけでも十分おいしいのですが、お餅をきなこにつけて食べると安倍川餅風に早変わり。お雑煮とデザートを楽しめるから、2度おいしいってことですね!なんだかすごく得した気分になりました。きなこも青大豆を使っていて、きめ細かく上品で、まるで和三盆のようです。青大豆自体に甘みがあるので、砂糖は控えめです。
探偵と同じく「きなこ雑煮」を初めて食べるお客さんにとっては、「こんな食べ方があったんだ!」という驚きの味。でも、地元出身のお客さんにとっては、「これこれ!懐かしい~!」というふるさとの味。外国人のお客さんにとっては、「ゾウニ?オー、アメイジング!」とクールジャパンな味。いずれにせよ、食べた人がにっこり笑顔になるのが、奈良伝統の「きなこ雑煮」なのです。
この「きなこ雑煮」を食べるのは、全国でも奈良盆地一円、大和高原、宇陀地域、吉野郡東吉野村、そして京都府木津川市と三重県の伊賀地域の一部だけ。女将さんも「私の実家は、母が京都出身だった関係で、お雑煮も大根とにんじんを白みそで食べる京都風だったんですよ。だから、結婚当時はこのお雑煮にとてもビックリしました」と当時の思い出を話してくださいました。
他の地域に比べると名物料理が少ないように思われている奈良ですが、実は伝統の食材やお料理には、隠れたおいしいものがたくさんあり、きなこ雑煮もそのひとつ。女将さんも地元で育ったわけではないからこそ、地元の人以上にこの味の価値を感じて、大切にしたい、守っていきたいと考えたのだそうです。
「きなこ雑煮」は昨年末、奈良新聞創刊70周年プロジェクトによる「奈良遺産」にも認定されたばかり。今後ますます「きなこ雑煮」への注目度がアップしそうな予感です!普通のきなこでもOKなので、お正月の余ったお餅で「きなこ雑煮」をつくってみてはいかがでしょう。とってもおいしいですよ!
- 旅籠 長谷川
- 「奈良のうまいもの」郷土料理