新世界の下駄屋のおっちゃんは、
実はジャズの敏腕プロデューサー!
2017/07/03

通天閣の近くで、下駄屋さんなのにジャズのCDを制作しているお店があるみたいです。ジャズ好きの間では有名らしいので、調べてきてもらえませんか?
大阪市営地下鉄恵美須町駅の出口を出ると、目の前には通天閣。そこから右に目をやると、新世界市場の入り口に下駄屋さんがあります。お店の前に出された棚やショーウィンドーには、下駄や履物がズラリ。そしてその上に「hand-made JAZZ澤野工房」の看板を発見!


お店をのぞくと下駄を持って作業をしている人が。あのー、こちらでジャズのCDを制作しているって聞いたんですが、本当ですか?

すると、「本当ですよ!」という明るい声が。この方こそ、この下駄屋さんの4代目店主で、ジャズレーベル「澤野工房」の社長でもある澤野さんです。
つまり、澤野さんはジャズと下駄の二足のわらじを履いているってことですか?と聞いてみると、「下駄屋は大正2年創業の家業で跡を継ぎましたが、ジャズは趣味が高じて始めたんですよ」とのこと。

当初澤野さんは、下駄屋さんが仕事でジャズは完全に趣味として聴いているだけでしたが、同じくジャズ好きの3歳違いの弟さんがフランス人女性と結婚し渡仏したことをきっかけに変わります。1980年代に入ってから、弟さんが買いつけたヨーロッパの輸入盤ジャズを、澤野さんが六本木にあったCDショップ「WAVE」に交渉して委託販売してもらうことになったのです。当時のWAVEは、ビル内に映画館・ブックストアなどもあり、文化やアートの発信基地として一時代を築いていた場所でした。そのころの澤野さんは、新世界で下駄屋さんも営みつつ、六本木で販売するレコードを選んだり、それに伴う事務作業をする忙しい毎日を送っていました。
ところが、1999年にWAVEが入っているビルが六本木ヒルズ建設のため退店を余儀なくされ、澤野さんのレコードを販売する場所もなくなることに。澤野さんは、ジャズに関わる仕事をした証として、最後の記念を残そうと思い立ちました。そこで、澤野さんが「これをCD化するなら自分の手でいい音に仕上げたい」と思っていたジャズの名盤と、1枚だけでは寂しいからともう2枚、合計3枚のジャズCDを制作しました。

せっかくつくったこのCD、聴いてもらわなければ意味がないので、都内のCDショップを駆けずり回り、CDを置いてもらえるよう直談判しました。門前払いのところも多かったけれど、タワーレコードとHMVがOKしてくれることに。なんとそこの店長さんやスタッフさんは、澤野さんが六本木でレコード販売していたときのファンだったり、そのときの努力を知っている人たちだったのです!
お店に置いてもらった3枚のCDは、お店スタッフの協力もあり順調に売れ、澤野さんは今後は下駄屋とジャズレーベルの二つの事業をやっていこうと決心しました。これっきりのつもりだった3枚のCDは、澤野工房が始まる最初のCDとなったってことですね。その後も、「自分がほしいと思えるもの」を基準に、世界各国から無名ながらも優れたミュージシャンを発掘してリリースしています。そのチョイスが評判を呼び、翌年には取扱い店に澤野工房のコーナーが設けられたり、さらに地方店舗にも澤野工房のCDが置かれるようになりと拡大していきました。

澤野工房のジャズ作品は本場アメリカのものもありますが、ヨーロッパのものが中心です。「ヨーロッパのジャズはクラシックの要素が混ざったり、ジャズのとらえ方そのものが違っていたりとおもしろい。一種のアートになっている」と澤野さん。この感性が転機を呼び寄せたのでしょうね。
また、澤野さんが音の質に人一倍こだわっているのは、ジャズとの出合いも大きく関係しています。大学1年生のとき、生まれて初めて真空管アンプで聴いたジャズサウンドの美しさに、驚愕したそうです。あまりの音のきれいさに、音がスピーカーから離れて、きらきらとまわりに散らばって落ちていくように見えたほど。澤野さんはあのとき感じたきらめきを、お客さんにも体感してほしくて、今でも美しいサウンドを追求し続けていると言います。

澤野さんがもうひとつこだわっているのが、ジャケット。CDはいわば親許を離れていく娘で、手を離れたらCD自身に商売してもらうしか手に取ってもらう方法がない。だからこそジャケットはジャズを知らない人にも響くよう、デザイン性のある目立つものをと心がけているそうです。

最初にCDを制作してから、今年で19年目。澤野工房は今や海外にもその名前が知られるレーベルに成長しました。これまで発掘したミュージシャンからは「サワノ、お前に会えなかったら俺は死んでいた」と感謝されることも。澤野さんご自身も「ジャズが売れなくて厳しかった最初のころは、下駄屋の商売に助けてもらいました。今は下駄屋の商売よりジャズの売り上げの方がいいけど、両方の商売があるから、今までやってこれたんです。これからもできる限り、今のままで続けていきたいですね」と言っています。
「ジャズって、ラーメン屋さんでも流れてることがあるやろ。聴いて心地良かったらええやんかと思って聴いてほしいわ」と澤野さん。みなさんも、興味がわいたら世界中のジャズを聴きに、新世界にいらっしゃ~い!

