




「あの世」に通じる入口がある!?
京都の六道珍皇寺を調査
2026/07/06

京都の東山区を散策していたところ、「六道の辻(ろくどうのつじ)」と刻まれた大きな石碑を見つけました。なんでも、この一帯には「あの世へ通じる入口」があると信じられているそうです。おそるおそる周囲を見わたしてみましたが、それらしい場所は見あたりません。あの世へ通じる入口とはいったいどんなところでしょうか?探偵さん、調査をお願いします!
あの世への入口を探して東山区へ
「あの世へ通じる入口がある」――そんな話を聞くと、思わず背筋がぞくっとしますね。しかも、観光客でにぎわう京都の街中にあるとか。本当にそんな入口があるのか、言い伝えなのか。これは、確かめずにはいられません。
調べてみると、東山区の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)というお寺が、その「入口」と関係していることがわかりました。どきどきしながら連絡してみると、「あの世への入口ですね。当寺に、そう伝わるところがありますよ」と、まさかの返答!
ほ、本当に存在する……!?半信半疑のまま、真相を確かめるべく、現地に向かいました。
京阪本線の祇󠄀園四条駅で下車し、歩くこと約12分。「六道の辻」と刻まれた大きな石碑にたどり着きました。これが、依頼者さんが見たという石碑ですね。

にぎやかな街の空気が、ふっと静まるような感覚がします。
石碑の奥に、今回の目的地「六道珍皇寺」がありました。

お寺のなかにあの世への入口がある? 門をくぐると、おだやかな静けさが広がっていました。鐘が吊り下げられている鐘楼(しょうろう)と、年季の入った2つのお堂があり、張りつめた空気がただよいます。

本堂へ向かって歩いていると「探偵さんですか?」と声をかけられました。ご住職の坂井田(さかいだ)さんです。

「本日は暑いなか、ようこそ。さっそくあの世との鍵となる『六道』についてお話をしましょう」。
あの石碑に刻まれた言葉ですね。どういう意味かとても気になっていました。
「六道とは、人が死後に輪廻転生する6つの行先、地獄道(じごくどう)、餓鬼道(がきどう)、畜生道(ちくしょうどう)、修羅道(しゅらどう)、人間道(にんげんどう)、天道(てんどう)のことです。人は悟りを開かない限り、この6つの世界を巡り続けるとされています。
かつて当寺の周辺は、平安時代の葬送地の入口にあたり、『あの世とこの世の境界』と信じられてきました。そのため、この世から六道へと向かう分岐点、という意味で『六道の辻』と呼ばれるようになったといわれています」。
ここが、死後に行く世界との境目……。具体的な説明を聞いていると、あの世への入口が現実味をおびてきます。
「あの世への入口は本堂の庭内にあります。さあ、行きましょう」。
ついに、目的の場所へと向かいます。

あの世へ通じる場所の正体
本堂の奥にある庭内に入ると、しめ縄が巻かれた井戸の枠組みが目に入りました。
「こちらが『冥途通い(めいどがよい)の井戸』です。この井戸から冥途、つまり、あの世に通うことができたという伝承があります」。
……井戸!?入口が井戸とは……想像もしていませんでしたが、いかにもな雰囲気がただよっています。
「探偵さん、せっかくですので、のぞいてみてください」。

おそるおそる井戸をのぞき込むと……、ひやりと冷たい空気が頬をかすめ、思わず息をとめました。底は暗く、わずかに見える水面が不気味に揺れています。

遠くの方でこちら側の世界が映り込む様子に、なんだか吸い込まれてしまいそうな感覚……。確かに、ただの井戸とは思えない雰囲気です。
「深さは、計測できるだけでも10mあります。マンションでいうと3階から4階くらいでしょう。そして実はもうひとつ、『出口』とも称される井戸もあるんですよ」。
さらに奥へと案内された先にあったのは、しめ縄が巻かれたもうひとつの井戸。
「こちらが『黄泉(よみ)がえりの井戸』です」。

のぞき込むと底がかすかに見えるほどで、「冥途通いの井戸」よりもかなり深いようです。
何やら文字が見えますね。
「輪廻転生(りんねてんしょう)と書かれていますよ」。

「こちらの井戸は30m以上の深さがあります。長年、見つけることはできませんでした。しかし、隣接地の開発がおこなわれた際、伝承のあったあたりで、2011年に発見されました」。
入口と出口、2つの井戸……。伝承どおりに見つかったということから、どんどん現実味をおびてきます。
井戸を使いこの世とあの世を行き来したとされる人物がいた!
どうして、井戸があの世と通じていると信じられるようになったのでしょうか?
「井戸を通ってこの世とあの世を行き来していたといわれる人物、小野篁(おののたかむら)の存在があったからです」。
実際に行き来していたといわれる人がいるのですね!とても気になります。
「小野篁は、平安時代に実在した官僚で、朝廷の要職を歴任するなかで、現在の検察官のような役割も担い、不正を厳しく取り締まっていた人物です。神通力(じんつうりき)という人間を超越した不思議な力を持っていたといわれ、亡き母に会いたい一心で、この井戸を使ってあの世とこの世を行き来したという逸話があります。
こうしたお話は、江戸時代の書物にも記されており、長く語り継がれてきました。当寺には、閻魔(えんま)大王をお祀りしている『閻魔堂』があるのですが、そこに小野篁の立像もお祀りしています。ぜひご覧ください」。
ご住職に案内された閻魔堂に足を踏み入れると、空気が一変。静けさのなかに、強い気配を感じます。目の前には、長身の像が凛と立っていました。
「これが小野篁の像です。江戸時代の仏師 法橋院達(ほっきょういんだつ)作で、等身大だとされているんですよ。約188cmあり、当時としてはかなり大きかったようです」。

等身大とされるその姿は圧倒的な存在感で、自然と背筋が伸びました。
小野篁と閻魔大王の意外な関係
さらにもうひとつ、目をぎょろりと見開き、人を射抜くかのような迫力を放つ巨大な像が、小野篁立像の左側に鎮座しています。その姿に驚いていると、
「こちらの像は閻魔大王です。小野篁が自らの手で彫ったと伝えられていますよ」とご住職。

これが閻魔大王……!どおりで、ただならぬ威圧感があるわけです。でも、なぜ小野篁が閻魔大王の像をつくったのでしょうか?
「実は、両者には深いかかわりがあるんです。あの世を訪れた小野篁は、地獄で苦しむ多くの亡者を見ました。慈悲深い彼は心を痛め、『1人でも多くの人が地獄に落ちなくてすむよう、助けよう』と決意。亡者の弁護をはじめました。やがて、その弁護能力が認められ、あの世で裁きをくだす閻魔大王の補佐を務めるまでになったそうです」。
この世では官僚として働き、あの世では人を救うために尽くす。そんな素晴らしい人物だったからこそ、閻魔大王の信頼を得たのかもしれませんね!
「ええ。小野篁の活躍は、今なおこの地域で語り継がれています」。

ご先祖さまに思いを馳せる「六道まいり」
あの世の入口とは、六道珍皇寺にある「井戸」でした。怖い調査になるのではと不安でしたが、亡き母への愛や、地獄に落ちないための弁護など、なんだか人間味あふれるあたたかな場所という気がしました。
「東山のふもとにある当寺では、毎年8月初旬には、ご先祖さまの精霊をお迎えする『六道まいり』がおこなわれています。ぜひこの機会を通じて、ご先祖さまへの報恩、感謝の記憶を親しく思い起こしていただけたらうれしいですね」。
京都を訪れた際は、六道珍皇寺で、あの世とこの世の境をのぞきに来てみてはいかがでしょうか?

- ※「冥途通いの井戸」および「黄泉がえりの井戸」は、年に数回の特別公開のときのみご覧いただけます。
- ※この記事は2026年6月1日時点の情報をもとに掲載しています。






