とかすたびツヤツヤになる櫛?
大阪・貝塚市の名産品に迫る
2023/10/10
友人の髪がすごくツヤツヤで、どんなお手入れをしているのか聞いてみたら、「つげ櫛(ぐし)で髪をとかしているよ」とのこと。つげ櫛を使ったことがないのですが、髪にツヤが出るのでしょうか?!探偵さん調べてください!
つげ櫛を使っているご友人の髪がツヤツヤというお話、とっても気になりますね。探偵たちもぜひ知りたいです!
つげ櫛について調べてみると、奈良時代の万葉集にも記述があるほど、昔から伝わる櫛とのこと。代表的な産地は大阪府貝塚市で、全国の生産量の約7割を占めるそうです。つげ櫛の魅力を調べに、さっそく貝塚市へ向かいます。
南海電鉄の二色浜(にしきのはま)駅から歩くこと約15分。つげ櫛の製造から販売までを手がける「つげ櫛工房 辻忠商店」にやって来ました。
こんにちは~。暖簾をくぐると、ケースにつげ櫛が並んだ、ショールームのような部屋へ。5センチくらいの小ぶりなものから、15センチくらいの大きなものまで、大小さまざまな櫛がずらりと並んでいます。
つげ櫛ってこんなにいろんな種類があるんだ、と端から眺めていると、「いらっしゃいませ。どんな櫛をお探しですか?」と代表取締役の新地(しんち)さんが声をかけてくれました。ここはつげ櫛を販売しているショップとのことで、実際に手にとって試しながら、気に入ったものを購入できるそうです。
つげ櫛を使うと髪がツヤツヤになると聞いてやってきました。ほかの櫛とは何が違うのでしょうか?ぜひ教えてください!「実際に使ってみると、その違いがおわかりいただけるかもしれませんね。まずはつげ櫛で髪をとかしてみませんか」。
新地さんにおすすめされ、手渡された櫛を髪に入れてみると、おお、するっとすべるように通るではないですか!とてもなめらかな使い心地に驚き、続けて何回か髪をとかすと、あれ!?しっとりまとまってきたような……。
「そうなんです、一度使っただけでも、髪が落ち着いたとおっしゃる方も多いですよ。使い続けることで、さらに自然なツヤが出てくると思います」と新地さん。
はじめてつげ櫛で髪をとかしてみましたが、とても使い心地がいいですね。気持ちよくて癖になりそうです!
「ご実感いただけてうれしいです。髪をとかしたときの櫛どおりのよさは、つげ櫛の大きな特長なんですよ。つげ櫛は、『つげ』という木からつくられるため、合成樹脂などとは異なり、髪を傷める原因となる静電気が発生しにくくなっています。さらに表面をつるんとなめらかな質感に磨き上げているので、櫛の先端がすっとやさしく入り、髪がまとまりやすくなるんですよ」。なるほど、あの櫛どおりの心地よさには、そんな理由があるのですね。
「髪をキレイにする理由は、もうひとつあります。つげ櫛は、汚れを取り除いたり乾燥から守ったりするために、保湿力の高い『椿油』でお手入れをするのですが、櫛にその油がなじみ、とかすたびに髪にうるおいを与えてくれることも期待できるんです」。
櫛どおりのよさと、お手入れのために使う椿油のうるおいが、髪をキレイにしてくれるのですね。「はい。そして、そんなつげ櫛に欠かせないのが、くし職人による熟練の技です。職人たちの技が加わることで、つげの木の特長をいかした高品質なつげ櫛をつくることができます。奥の工房で櫛づくりをおこなっていますので、ぜひご覧になっていってください」。
工房に入らせていただくと、職人さんたちが手を動かしはじめているところでした。「ちょうど櫛づくりがはじまるところですね、ご覧いただきながら工程をお話ししましょう」。
「まずはあの職人の手元をみてください。木に切れ目を入れていく『歯挽き』という工程をおこなっています。等間隔に削るためには、長年の経験が必要な作業なんですよ」。
「この段階ではまっすぐで直線的な歯ですが、次の工程で一本ずつ先端を削りながら櫛先を整えていきます。職人によるこの細かい手作業により、頭皮に先端があたっても痛くないやさしい櫛へと仕上がっていくんですよ。
さらに、髪が触れる歯の根元の処理も欠かせません。とかしたときに髪が木にこすれて傷まないように、一つひとつの根元に溝を入れます。最後に、なめらかな質感になるよう磨き上げたらできあがりです」。
すごい、あっという間に櫛ができていきますね。「職人の技を見ていると、すぐに櫛がつくれてしまうと思ってしまいませんか?でも実は、この櫛づくりに取りかかる前に、10年以上かかることもある重要な工程があるんです」。
櫛をつくる前に10年以上!?いったいどのような工程なのでしょうか。「それではつげ櫛をつくる前の工程を見ていただくために、『つげ木』を保管している倉庫にご案内しましょう」。重要な工程を探るべく、さらに工房の奥へと連れて行ってもらいました。
「ここがつげ木を保管している倉庫です」と、新地さんが扉を開けると、ギッシリと積み上げられた木材が目に飛び込んできました。「これらは、つげの木のなかでも最高級といわれる『さつまつげ』の木です。うちでつくるつげ櫛は、すべてこのさつまつげからできているんですよ」。
こんなにたくさんの木を保管している場所があるのですね。これがすべて櫛になっていくのでしょうか?「はい。数十年前に収穫したものから最近のものまで、すべてここに保管し、櫛に加工できるような状態になるまで、寝かしておくんです」。
櫛に加工できる状態になるまで、とはどういうことでしょうか?「髪にすっとなじむつげ櫛をつくるためには、先端を細く加工することができ、また髪をとかしたときに途中で折れないような、しなやかな硬さを備えていることが必要です。これなら櫛がつくれるという硬さになるまで、木材を燻(いぶ)してしっかり乾燥させ、じっと待ち続けるんです」。
それに10年以上かかることもあるということなのですね。「はい。しかし、そのタイミングというのは木やつくる櫛の種類によって異なり、これを見極めるのが大変重要なんです」。
どんな状態になったら、櫛づくりに取りかかれるのですか?「言葉で定義するのは難しく、職人の目で見極めていくしかないんです。木の声に耳を傾ける、そんな感じでしょうか。最良の状態で櫛づくりができるように、一つひとつの木を管理しているんです」と新地さんは語ってくれました。
つげ櫛に込められたこだわりを知り、昔からずっと使い続けられている理由がわかったような気がします。調べてみたところ、つげ櫛は奈良時代にはすでに使われていたようなのですが、なぜ貝塚市でつげ櫛づくりが盛んになったのでしょうか?
「さかのぼること、1500年ほど前。8種類の櫛づくりの器具をもった渡来人が貝塚市の浜に漂着し櫛の製法を伝授した、これが、貝塚市での櫛づくりのはじまりといわれています。うちの工房の近くにその8種類の器具にちなんで建立された『八品(やしな)神社』があり、そこには『欽明天皇の時代(539年~571年)にこの地の海岸に流れ着いた渡来人が櫛のつくり方を教えた』という伝承が残されています」。
「江戸時代には、100人以上もの職人がこの地でつげ櫛づくりをしていたともいわれており、宮中や春日神社などにも納めていたという記録が残っていますよ」。そんな長い歴史を積み重ねながら、櫛づくりが受け継がれてきたのですね。
「今でもつげ櫛は、使い心地のよさや髪へのやさしさから、たくさんの方にご愛用いただいています。特に、舞妓さんやお相撲さんのような、日本の伝統的な髪型を結い上げるプロフェッショナルの方に大変ご好評いただいていますよ」。
プロの方も愛用されているとは、つげ櫛が本当にいいものだということが伝わってきますね。どんなところが人気なのでしょうか?
「髪がまとまりやすいという使い勝手のよさはもちろんですが、ご希望に合わせたオーダーメイドをご用意できるところも喜ばれていますね。歯の数や歯の向き、大きさ、厚みにいたるまで、大変細かなところまで指定をいただきますよ。さまざまなご要望に応えるのは、職人たちの腕の見せ所です」。新地さんはそういいながら、最初のショップに戻り、プロ用の見本を見せてくれました。
すごい、本当にいろんな形があるのですね。どうやって使うのか想像もできないような櫛もあります。「そうですね、使う人の髪質や用途によって形やサイズが変わるので、どんどん新しい形の櫛が生まれていっています」。
つげ櫛の魅力を教えていただき、探偵たちもほしくなってきました。選ぶときのポイントなどありますか?
「髪質や使うシーンによって選ぶといいですよ。髪の毛のセットに使うのなら、歯の間隔が2mm以内の細かいものを。髪がストレートで絡みにくいなら、2~3mmの一般的な間隔のもの、くせ毛やウェーブヘアには、3mm以上のものがおすすめです。ここでは櫛どおりを試していただけますので、実際に使っていただきながらご自身の髪に合ったものを見つけてください」。髪質や使い方に合わせて歯の間隔で選ぶのですね。参考にします!
辻忠商店では、工房併設のショップのほか、オンラインショップでもつげ櫛を販売しています。「つげ櫛というと、高価な伝統工芸品というイメージがありますが、本来は日用品です。値段もさまざまですが、お手ごろなものでもつげ櫛の魅力は十分実感できますよ。メンテナンスをすれば丈夫で長持ちしますので、気負わず、ぜひ日ごろのお手入れに取り入れてみてください」。
職人の技がつまったつげ櫛で、髪のお悩みも解決できるかもしれません。ぜひお好みのつげ櫛を見つけてみてください!