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3月
「ウェスタンハーバー地区」に立ち並ぶ多様な住宅
旧市街は歴史的な建物や石畳が残る
スウェーデン最南部のスコーネ地方にあるマルメ(Malmö)は、ストックホルム、ヨーテボリに次いで3番目に人口の多い商業都市です。中世からの赤レンガの建物や石畳の広場が残る静かな街並みが味わえる一方で、昨今では環境先進都市としても注目を集めています。そのけん引役となっているのが、グリーンな街づくりが進められている市の臨海部「ウェスタンハーバー地区」です。
このエリアは、19世紀の後半以降100年以上にわたって大手造船会社が操業する工場があり、ピーク時には6万人が働く世界最大級の造船所として栄えました。しかし1986年に工場が閉鎖された後、人口の2割以上の失業者が出るほどの不況に見舞われました。この状況をうけ、都市復興の大きな柱の1つとして、「ウェスタンハーバー地区」の再生をかけた取り組みが始まりました。
2001年、”City of Tomorrow(明日の都市)”をテーマにした、環境に配慮した持続可能な住宅の展示会「ヨーロッパ住宅展示会Bo01」を開催しました。この展示会をきっかけに、デベロッパー、建築会社、住民、行政がタッグを組んだ本格的な街づくりがスタート。 ここから垣根を越えたプロジェクトがはじまり、現在では再生可能エネルギー100%で自給する新しい街が作られ、同地区はマルメ市再生のシンボル地区となって蘇ったのです。
マルメの「ウェスタンハーバー地区」(約160ha)は、海に面した高層住宅、中央部の低層住宅、高層ビル「ターニング・トルソ」などで構成され、現在2万人近くが住んでいます。海沿いのエリアには遊歩道が作られ、夏には日光浴を楽しむ市民であふれます。また、ブロックごとに異なるデザインの建造物が楽しめ、環境建築のモデルにもなっています。
この「ウェスタンハーバー地区」では、3つの方針を掲げて街づくりを進めています。
1つめは、電気、熱エネルギー需要のすべてを地域の再生可能エネルギーで賄うこと。電気は、風力・太陽光発電を中心とした地域で作られる自然エネルギーだけで供給されています。住宅から出るゴミも、バイオガスや電気、熱エネルギーなどを生産するために使われます。また、スウェーデンは冬が長く暖房の消費エネルギーが大きいため、太陽熱や海水を使った熱交換システムで暖房・給湯を賄っています。地下9メートルにある大理石製の貯水槽に海水を貯め、ヒートポンプで海水を冷やしたり、温めたりして冷暖房に使っています。この海水の熱交換システムで、住宅地の85%の熱をつくり、残りの15%は太陽熱で補っています。
2つめは、各住宅のエネルギー消費を減らすこと。各住宅の断熱効率を向上させるため、断熱性能の高い窓を選定したり、排気の熱も無駄にせず、暖房のラジエーターの温水を温めるために再利用したりしています。自然エネルギーを使うだけでなく、住民ひとりひとりがエネルギー消費を抑えるための工夫に取り組んでいることがポイントです。
3つめは、屋上緑化や壁面緑化、そして雨水の活用です。地区を歩くと、いたるところに水路が流れているのを目にします。緑化は自然豊かな環境と微気候*1を作り出し、雨水は地面に浸透し、水路を作り、うるおいのある景観と豊かな生態系を作り出します。
このように、「ウェスタンハーバー地区」では、先進的な環境技術と自然の力を組み合わせ、快適で心地よく美しい景観を保ちながら、しっかり環境負荷を抑えた街を実現しているのです。
個性豊かな住宅の屋根には太陽熱温水器や屋上緑化が見える
家の前に水路があり、バルト海までボートで漕ぎ出すこともできる
1~12階がオフィス、それより上が住宅になっている
この地区のどこにいても、そのユニークな形状で目印になるのが「ターニング・トルソ」と呼ばれる住宅、オフィス複合の高層ビルです。「ねじれた胴体」と名づけられたこの建物は、9つの立方体が天空に向かってねじれて積みあがった形状をとり、高さは190mとスウェーデン一の高さを誇ります。この高層ビルは、人目をひくそのデザインだけでなく、最先端の環境技術が取り入れられた点でも注目を集めています。
ターニング・トルソの各戸にはエネルギー効率の高い電化製品や、空気再循環・換気システム、省エネ制御装置、センサーで作動するLED照明などが装備されています。また、各戸にスマートメーターが取り付けられ、冷水・温水・熱・電力の消費量を自身でモニターできるため、住人の省エネ意識を高めることにつながっています。さらに、キッチンから出た生ごみは、他の地区の住宅と同様、バイオガスや熱に変えられ、地域のバスの燃料などに使われています。
「ウェスタンハーバー地区」では、住宅地の造成と同時に「持続可能な社会のための教育と研究」をテーマに掲げたマルメ大学を誘致しました。さらに、2000年にはデンマークの首都コペンハーゲンとマルメをつなぐ橋が開通したこともあり、マルメ市には若く優秀な世代が集まるようになりました。大学を中心とした知の集積と、街づくりで培った先進環境技術のシナジーにより、同市ではIT企業やバイオ関連企業、環境技術などの知識集約型産業が増えて活気を呈し、税収が伸びるという好循環を生み出しています。
現在は、「ウェスタンハーバー地区」だけでなく、マルメ市全体でも風力・太陽光発電・バイオガスの導入などが進んでおり、同市は2020年までに「再生可能エネルギー100%の都市」を目指しています。そのためのステップとして、スウェーデン国内で最長となる490kmの自転車専用レーンや、風力発電で走る電車・バイオガスで動くバスなどの公共交通も整備が進んでいます。交通面でも、環境や省エネを考えた政策が徹底されているのです。
重工業の街から、グリーンな知的集積都市へ。土壌汚染というマイナスから出発しながらも、アイデアとチャレンジで蘇った「ウェスタンハーバー地区」の街づくりは、マルメ市を、サスティナブル・シティーへと大きく変える原動力になったようです。
*1 地面近くの気層の気候。地表面の状態や植物群落などの影響を受けて、細かい気象の差が生じる。
デンマークの首都コペンハーゲンにつながるオーレスン橋
Word&photo:Yayoi Minowa