人の“熱気”でエネルギーを作る。世界で進むカーボンニュートラルな「体温発電」
大勢の通勤客で、地下鉄や駅の通路がムッと暑い。そんなことが気になる夏が近づいてきた。
人間の体は、安静時に約100ワットの熱を発しており(※1)、その熱は運動するとき、1,000ワットを超える(※2)。そしてそれは、1リットルの水を6分間で沸騰させるエネルギー量と等しいという。通常、これらエネルギーの約70〜95%が熱として外に放出されている(※3)。
そんな中、世界では今、この人間の体温をエネルギー源としてCO2の排出削減を目指す取り組みがはじまっている。
スコットランドのグラスゴーにあるナイトクラブ「SWG3」では、人々の体温を施設の冷暖房に利用する「BODYHEAT」システムを試験導入。通常の会場では熱気を建物の外に出しているが、SWG3では天井に空気収集器を設置し、フロアにいる人々が出す熱い空気を吸い上げるという仕組みだ。回収された熱は、会場の冷房または暖房のために地中に蓄えられる。SWG3では、これにより年間70トンのCO2排出量を削減でき、2025年にはカーボンニュートラルになると試算している。
人間の体温をエネルギー源として使用している例はほかにもある。アメリカ・ミネソタ州にある店舗数500以上、レストランに遊園地や水族館もあり、年間4,000万人が訪れる全米最大級のショッピング施設「モール・オブ・アメリカ」だ。この巨大施設には、セントラルヒーティングがついておらず、天窓からのソーラーエネルギーと店舗什器や照明から発生する熱、そして4,000万人を超える買い物客の体温を使い、施設内を21度という快適な温度に保っている。
また、スウェーデンのストックホルムでは、ストックホルム中央駅を利用する1日20万人もの乗降客から出る熱気に目をつけた。ここでは、隣接するオフィスビル「Kungsbrohuset」の暖房として、乗降客の熱気が使われている。熱気は、ストックホルム中央駅の換気システムに取り込まれ、地下タンクの水をあたためる。その後、巨大パイプを通してその温水をオフィスビルにくみ上げ、メインの暖房システムに組み込む。こうして体温エネルギーでオフィスがあたためられるというわけだ。
Kungsbrohusetは乗降客の体温エネルギー使用により、5~10パーセントのエネルギー削減に成功している。このほかにもビルのガラスのファサードがソーラーパネルになっていたり、冷却システムに近くの湖水を使ったりと、さまざまな工夫をこらす。こうしてストックホルムのKungsbrohusetは、世界でもエネルギー効率のよい建築物としてあげられている。
CO2排出削減を目指し、さまざまなクリーンエネルギーが模索されているなか、「体温エネルギー」のみでは建物全体をカバーしきれないかもしれない。しかし、照明器具や電化製品から排出される熱と組み合わせれば、新たなエネルギー源となる可能性は十分だ。今後も人々の「熱気」に熱い視線が注がれるのはまちがいない。
※1 13 – The human thermoregulatory system and its response to thermal stress
※2 Temperature regulation during exercise
※3 Biophysical aspects of human thermoregulation during heat stress
Text by Okazaki Akiko
この記事は、2022年5月30日に書かれたものです。